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マックス「心のホッチキス・ストーリー」第16回の受賞作品を決定
2026年02月19日

マックス株式会社(証券コード:6454)は、第16回 マックス「心のホッチキス・ストーリー」と題し、‟あなたが今、心にホッチキスしたいこと”をテーマに、ショートストーリーを募集しました。

2025年8月1日(金)から2025年9月30日(火)までの募集期間で、全国から17,653件の応募がありました。

厳正な選考の結果、受賞作品を以下の通り決定しましたのでご報告いたします。

なお、受賞作品は、当社WEBサイトでも公開しています。

応募作品の傾向

2025年は、ノーベル賞に日本人2人が選ばれるという明るい話題の一方で、米の高騰や大規模火災などがあり、世界的には長期化する紛争や関税の話題が報じられ、平和や日常生活の大切さを感じる一年となりました。

応募作品では、家族や周囲の人々から勇気や思いやりを与えられた体験や、さりげない一言で張りつめていた心がほぐれ、素直になれた気持ちを綴った作品など、コミュニケーションを大切にすることで育まれる、人と人との支え合いを描いた内容が多く寄せられました。

 

「マックス・心のホッチキス大賞」には、新社会人の時に仕事で初めて大きなミスをし、泣いて落ち込んだまま上司が呼んでくれたタクシーに乗車したが、運転手さんの優しく寄り添ってくれる言葉で前向きな気持ちになったエピソードを選定しました。隣でそっと寄り添う優しさに気づき、自らもそれを実践できる人になりたいという素直な心を綴った、心温まる作品です。

「マックス・U-18 大賞」には、嫌いな体育に心が折れそうになりながらも支えてくれるクラスメイトの力で初めて倒立前転を成功させ、友達との絆を感じた作品など3点を選びました。「マックス賞」には、帰りの路線バスで外国人に席を譲ってもらったり、今度は自分が両替を助けたりと、一生懸命コミュニケーションを取ることで、それまで外国人とのコミュニケーションに苦手意識があったのが、幸せな思いに転じた経験を記した作品など5点を選びました。

引き続き、マックス「心のホッチキス・ストーリー」を通じて、みなさまが大切な瞬間を振り返り、日常生活の中にある小さな幸せに気づく手助けになれれば幸いです。

 

受賞作品

マックス・心のホッチキス大賞

<神奈川県> 本間ハル さん (31歳) 

 「お客さん、今日は満月ですね」

 夜の街をゆっくりと運転しながら、タクシーのおじさんは前を向いたまま朗らかな声で言ってきた。

 当時、新社会人だった私は仕事で初めて大きなミスをしてしまった。周囲の助けもあって事なきを得たが、自分の不甲斐なさに泣いてしまった私に、気を遣った上司がタクシーを呼んでくれた。上司の優しい言葉すら、その時の私には申し訳なさが募るだけだった。

 乗り込んだ客が泣いている。車内の空気は最悪だったと思う。私自身も、今は頼むからそっとしておいて、なんて身勝手なことを願っていた。そんなじめじめとした空間を、するりと抜けるようにおじさんは続けた。

 「こんな綺麗な月、見なきゃ損です。ぼーっと眺めましょう」

 おじさんの軽快な笑い声に、気づけば私も笑っていた。

 人に何か言葉や与えることだけが優しさではなく、隣でそっと寄り添うこともまた優しさ。そんなことを簡単に出来る大人に、私もなりたいと思った夜だった。

マックス・U-18大賞 高校生の部

<福岡県> とまとちゃん さん (17歳)  

 私には歳の離れたかわいい弟がいる。今年の春に晴れて一年生となった彼は、ある日の学校帰りに、「おねえちゃん、かんじおしえて」と駆け寄ってきた。なんと、自分の名前を漢字で書きたいのだと言う。

 周りのお友達が漢字で書いているという訳でもなく、ただ書けるようになりたかったらしい。私は書き順から丁寧に教えてあげた。

 私の書いたお手本の字を一生懸命真似をして書く様子を、ただただ見守っていた。

 「できた!」そう元気よく見せてくれた弟の名前は、不格好だけど、力いっぱいで元気にあふれている。「へぇ。上手に書けたね」と言うと、はじけそうな笑顔を見せた。

 もう一度、不格好な名前を見つめる。兄弟だから、名字が同じなのは当たり前。いつも書いているはずなのに、なんでこんなに違ってみえるんだろう。私もこんな風に大切に大切に名前を書いてあげたいな。見つめるほど胸がじぃんと熱くなるのを感じた。

マックス・U-18大賞 中学生の部

<埼玉県> お豆 さん (14歳)

 私は体育が大嫌いだ。

 「壁倒立はじめ!!」

先生の号令で、私の胃腸が暴れだす。緊張でお腹が痛くなる。

 人間は逆さになるべきではない。つくづく私はそう思う。この腹痛が何よりの証拠だ。

 壁倒立を含めた準備運動が終わり、次は地獄のマット運動の時間だ。開脚前転・開脚後転・側方倒立回転・倒立前転・水平バランス。開脚後転、水平バランスはできるが倒立前転はできない。できっこない。もはや命の危険を感じる。小学生の頃は必修ではなかった。しかし、中学生になった今では必ず全員行わなくてはいけない。

 次だ…。両隣には倒立前転を補助してくれる友達がいる。だが、いざマットを前にすると足がすくむ。

 「無理だよ…。」

心の底から出た声だった。後ろにはマットの順番を待っている人がいる。周りの人々もこちらを見ている。罪悪感と緊張に挟まれ、つぶれそうになった時。

 「私たちが支える!!」

声が響いた。顔を上げると補助の二人が腕を組んで立っていた。二人は真っすぐ私を見つめた。その姿はまるで仁王像のようにとても力強く思えた。

 「や、やる。やってみる。」

そんな二人の姿を見て、背中を押された私はマットの前に立った。

 「ダンッ。」

 「コロッ。」

 「…。」

 「できたあぁぁぁ!!!!」

 気づけば周りで見ていた人たちと一緒に歓喜の声を上げていた。人生で初めて倒立前転ができた瞬間だった。

 私はこの時、この成功体験と友達との絆はずっと心にとめておこうと思った。

マックス・U-18大賞 小学生以下の部

<大阪府> なかなか さん (10歳)

 学校の帰り道、ランドセルが重かった。

 教科書が多かったわけじゃない。

 朝、お母さんとケンカしてきたからだ。

 「行ってきます」も言わずに出ていった。

 ずっとモヤモヤしてて家に帰るのが嫌だった。でも、家に帰ると、キッチンからカレーの匂いがした。僕の大好きなカレーの匂い。

 リビングには、お母さんがいて、

 「おかえりなさい」と言って笑った。

 ぼくの心の中で、何かがポンッと音を立ててはじけた。

 「…ごめん、ありがとう」

 そう言ったらお母さんが「いいのよ」と言ってくれた。

 カレーはちょっと辛かったけどおいしかった。あの日の「ありがとう」は、ずっと心にとめておきたい言葉だ。

マックス賞

神奈川県

Liam さん

(9歳)

鹿児島県

ちえ さん

(41歳)

滋賀県

かぽちゃ さん

(15歳)

福井県

内村 早智菜 さん

(17歳)

沖縄県

内田 裕汰 さん

(15歳)

 

<神奈川県> Liam さん (9歳)

 ぼくの家族は、ぼくが生まれてすぐに、この家に引っこしてきた。あじさいも、いっしょにきた。このあじさいは、変わっている。元気で、とても大きい。ついに近所でも有名になった。どうしてかというと、8年間、一度も花をさかせなかったから。

 お父さんとお母さんは、

「切っても切っても大きくなるから、引っこぬこう。」

と、話していた。ぼくは、

「引っこぬかないで!」

と、たのんだ。あじさいは、役に立っていた。葉っぱの上には、バッタやかまきりがいて、葉っぱの下をのぞくと、セミの幼虫が羽化をしていた。あじさいの足元には、セミの幼虫が出てきた穴がたくさんあった。ここは、昆虫のあじさいホテルだ。

 あじさいは、今もぼくのところにいる。9年目にはじめて、花がたくさんさいた。こんぺいとうみたいなおいしそうな花。

 もしかして?と思った。調べたら、セミのぬけがらがひりょうになるらしい。虫のおん返しだよね。

<鹿児島県> ちえ さん (41歳)

 4月、娘は小学一年生になった。娘の学校は集団登校だ。

 朝、緊張する娘の手を引いて集合場所まで行く。保護者の方が数人いらした。

 班長は六年生の女の子だった。娘は班長さんのすぐ後ろに付き、歩き始めた。班長さんは、一年生が遅れないようゆっくり歩いてくれた。これなら安心だと思った矢先、娘が泣きだした。これではみんなに迷惑をかけてしまうと思い駆け寄ろうとした私に、隣にいたお母さんが「行かないほうがいいよ。六年生に任せて。」と引き留めた。

 娘は手を伸ばして私を求めている。迷っていると、班長さんが娘の荷物を持ち、「大丈夫だよ」と優しく話しかけてくれた。娘は泣きながらも歩き出した。そんな日々が1カ月続いた。毎朝泣く娘の横にはいつも班長さんがついてくれて、靴箱まで送ってくれた。

 おかげで娘は今笑顔で登校している。班長の子に会うのが楽しみのようだ。私も近所の方と挨拶をかわし、娘を送り出す。周りの方の支えがなければ、娘は今も泣き、私は娘の手を離すことはできなかっただろう。これからも人の助けと温かさを感じながら、娘と共に成長していきたい。

<滋賀県> かぽちゃ さん (15歳)

 「ほっぺに穴あいてるやん。きもい。」

幼稚園のころ、心無いことを言われ幼いながらに気にしていた。鏡を見ても穴はあいていない。どうやら笑うとあくらしい。ちょうどそのころにチアダンスを始めたが、命ともいうべき笑顔はうまくつくれずにいた。

 そんな時、母からこんな話を聞いた。鹿児島のひいおばあちゃんが私をすごく好きでいてくれていた話。赤ちゃんのころ、

「この子の『エクボ』は最高だ。本当に可愛くてたまらない。」

「誰もにできるわけじゃない。最高の人生が待っている。」

と嬉しそうに近所中を自慢して連れ回していた、と。

 初めてこれが「エクボ」だと知った。すごく嬉しくて何回も「エクボ」を連呼した。単純な私は次の日、いじわるを言ってきた子に「エクボ知らんの?ちゃあむぽいんとってやつやで」

とちゃんと自慢し、

「エクボないん?かわいそうやな」

とまで言い放った。

 あの日を境に笑顔に自信がもてるようになり、チアダンスは9年間続けることができた。私の笑顔がすきと言ってくれる友だちもたくさんできた。

 このお礼を言えないまま天国へ旅立ってしまったひいおばあちゃん。嬉しそうに私を抱いてくれている写真、じっくり見れば、どうやらこの「エクボ」はあなた譲りみたいだ。

<福井県> 内村 早智菜 さん (17歳)

 起きるのが苦手な私は、休日の朝、学校がないからといって寝すぎてしまうことがある。そんな時、母は私の部屋に入ってきて大声で歌う。歌う曲はいつも一緒で「新しい朝が来た、希望の朝だ」などという私の知らない曲だ。母が子供のころに聞いていたようだが私はうるさくて布団にこもる。そして母は、カーテンと窓を開ける。私から布団を取って「おはよう」と元気よく言う。母がいなくなった今、私は休日に、母の歌っていた曲を流して体を起こす。そして、起きてこない妹の部屋に入り、大声で歌う。妹は布団にもぐって私はカーテンと窓を開ける。妹の布団をはがして「おはよう」と元気よく言った。二人でリビングに行き、お線香をあげる。母に手を合わせて「おはよう」とつぶやいた。

<沖縄県> 内田 裕汰 さん (15歳)

 ある日の部活帰り。その日はスクールバスでなく路線バスを使って家に向かっていた。そのバスの中に外国人がいた。すると、その人は僕に席を譲ってくれた。「ありがとう」と伝えた。すると、向こうも「アリガトウ」と言った。その「アリガトウ」には少し違和感があったが自分の感謝の気持ちが伝わったことを嬉しく思った。

 それからしばらくしてその外国人がバスの降車ボタンを押して降りる準備をしていた。そして、運賃を払う時その人は両替をしようとしていた。しかし、バスの両替機は新紙幣に対応していなかったため、両替できずに困っていた。そこで、僕はその人の新紙幣と僕の持っている旧紙幣を交換しようと思い声をかけた。普段から英語を勉強していたはずなのに、いざとなるとカタコトになってしまった。でも、なんとか伝わりその人も運賃を無事払うことができた。すると、その人が僕の方を見て「アリガトウ」と伝えてくれた。「どういたしまして」と返したくなった。僕は「アリガトウ」と伝えた。すると向こうも笑顔になった。それまでは海外の人とのコミュニケーションに抵抗があった僕。でも、思いが通じあった瞬間、それは今までにない幸せに変わった。

 

イラスト:北村人

1981年東京生まれ。東海大学教養学部卒業。神戸芸術工科大学 非常勤講師。

毎日新聞日曜版「新・心のサプリ」、星野源「そして生活はつづく」などのイラストや「おひさまでたよ」、「カシャッ!」などの絵本制作も手掛けるイラストレーター。

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